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2015.11.04 11:41
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土俵はどこだ?

昔のブログです・・・


2年くらい前に色んなことを同時に考えていて、考え過ぎてしんどい時がありました。
悩みがあったのかと言われればそんな気もしますが、取り立てて大きな悩みがあったのではありません。上手く表現できないのですが、将来のことに関連して『自分の土俵』というものについて色々と考えていたように思います。

何故そんなことを考え出したのかは分かりませんが、考えるきっかけとなったことはよく覚えています。それは誰もが知っている『イチロー選手』です。イチロー選手のストイックな練習や生活、凄い実績、精神的な強さと繊細さ、感覚の鋭い身体の使い方などをテレビで観ていて色んなことを考えるようになりました。

そして何故かイチロー選手だけでなく、世の中で「成功した」と言われる人についても考え出したとき、成功している人はみんな『自分の土俵』を持っていてその中で勝負をしているように感じたのです。但し私が言っている「成功した」とは、お金持ちになったとかの意味ではなく、「自分の能力を出し切った上で社会的に存在感がある」という意味です。イチロー選手などはその『土俵』がとてつもなく大きいのです。

自分では相当努力しているつもりなのに報われない、これはきっと『土俵』が違う、というような話ではありません。そうではなく、『自分の力量とか才能などが思う存分発揮できる場』があれば凄くいいだろうなという『自分の土俵』のことです。
イチロー選手が類い稀な才能を持っているのは当然なのですが、それを支える練習や精神の持ち方などのバランスがとれているから『自分の土俵』を形成でき、且つ日々大きくしていけるのだと思いました。

そんなことを思っていたら、では自分はどうなのかと考え出したということです。「俺もイチローくらいの才能があれば」と、最初は単純に思いました。でもそんなことをいっぱい考えていたらそんな単純なことではないと思ったり、いややっぱりそうだ、才能がなければ始まらないとか、行動よりも頭だけで堂々巡りをしていたようです。

スポーツでかなり激しく練習した時、もう身体が限界にきてフラフラになってきます。しかしその時の方が「いらない力」が抜けて、いい身体の使い方がわかるような時があります。それと同じように、頭がくたくたになるくらい考えていると、もう考えること自体がしんどくて無意味に感じることがあります。その時の私は、ついにこう思ったのです。

『ごちゃごちゃと考えない。
 興味に動かされることは、自然の集中に任せて考え抜く。
 それ以外は考えても大したことはない。
 大したことがないことはごちゃごちゃと考えない。』

自然の集中というのは、結局好きなことは自然に一生懸命やっているということです。そう思うと自分にある「自然の集中」は整体と少林寺拳法だと・・・好きでいくらでも考えたいし、遣りたいと思っている・・・それが任せられる「自然の集中」だと気がついたのです。それと同時にそうやって自然に集中してやっていること自体が『自分の土俵』なのだと思いました。嫌々頑張ってやっていることよりも、好きで自然にのめり込んでやることの方が必ずいい結果が出るはずです。
結局、「何や、好きな整体と少林寺拳法を好きなだけ一生懸命やればいいんや」と気がついてから、堂々巡りは無くなって、考えても答えが出ないようなことはある程度ですが『ごちゃごちゃと考えない』ようになりました。

そう考えるようになってから、あれだけ探していた『自分の土俵』は自分の頭の中にあるのだと思うようになりました。何故なら好きなことは「脳が喜ぶ」からです。それを認識しているかどうかだけの違いできっと誰にでもあるのだと思います。そして大切なのはその『土俵』を大きくしようと頑張るのではなく、自然の集中で気が付いたら「土俵が大きくなっていた」ということだと思います。だから悩むことなどありません。自分がいいと思うこと、これをやっていたらとにかく楽しいということを好きなだけやればいいのです。そしてできればそのことで人が喜ぶことにつながっているならもう満点ですね。だから私にとって整体はすでに満点なのです。まだまだ小さいだけで『満点の土俵』なのです。

悩みは誰にでもあります。でも考えても答えが出ないようなことは『ごちゃごちゃと考えない』・・・ここから始めてみてはどうでしょうか。


2013年12月24日(火) 進化流水…流れる水は滞らず、健康への進化を共に歩む
2015.10.28 09:41
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雑音を消す

昔のブログです・・・


昨日の『いい音色を出そう』に引き続き、三角関数の話です・・・と書きますと何か数学の話ばかりで難しく感じる方もおられるとは思いますが、私は数学が大の苦手です。
船乗りになるために自分のタイプを無視して理科系にならざるを得なかっただけで、数学とか物理はとにかく苦手なのです。大学入試も日本史とか国語などで点を稼いでようやく合格しただけです。

そんな完全文化系の私がしつこく「三角関数」の話をするのは、少しは勉強した数学で「三角関数」が現実に役に立ったと実感できた最初のものだからです。但し、はっきり言っておきますが三角関数の本質を理解しているのではありませんので、数学に造詣の深い方はそのつもりで読んで下さいね。

私は昔、「潮流シミュレーション」といって海域の潮流がどう流れるかをコンピュータ上で計算する仕事をやっていました。潮流シミュレーション自体の話はまた機会があればするかも知れませんが、ここではその中で使用する『調和分解』という技術に三角関数が大きく関係しているのです。

『調和分解』というのは海の干満による潮位や流れの観測データから、月や太陽などの引力の影響を分析・計算するものです。主に月の引力によって海に干満が起こるのはご存じだと思います。それに太陽などの影響で「大潮」とかでは干満がより大きくなったりします。その分析・計算のときに「三角関数」を使うのです。月の引力の場合は約半日の周期をもつサインサーブが抽出されるのです。分析された結果、それぞれの周期の「波」を表すサインカーブの振幅と角度(位相)が調和定数として得られるのです。海釣りをする方はご存じだと思いますが、潮汐表に書かれている干満の情報はその調和定数から予測して計算されたものなのです。

さてここで私が言いたいのは、「三角関数」という、昔習った時は「何となく分かるけど、それが何なん?どこで使うの?」とまるで実生活では関係ないと思っていたものが、それを上手く使うと潮流や潮汐の予測ができるということです。大昔に名前だけ知っていた「最小二乗法」という手法も、この調和分解で使用して初めて『数学も役に立つ』と実感しました。私にはもう遅いのですが、中学や高校の数学の先生が「数学を勉強したらこんな凄いことができる」という観点から教えてくれていたらどんなに数学が面白く感じたかと思います。

そんな三角関数や分析技術を使って役に立っているもっと身近なものがあります。ご存じだと思いますが「ノイズキャンセリング・ヘッドホン」というヘッドホンは、周囲の雑音を分析して、その雑音の「波」の逆位相(逆のサインカーブ)の「波」を発生させて周囲の雑音を消してしまうのです。また、建設機械などの騒音もマイクでひらって、その逆位相の音(波)を発生させ「消音スピーカー」から出すことによって非常に静かな運転ができるというものです。
ですから、別に数学の肩を持つわけではないのですが、「三角関数」は生活に役に立つ凄い奴なのです。

人体にはいろんな周期のリズムがあるのですが、それらが調和していて初めて自律神経はバランスがとれ、健康が維持されます。ストレスや身体に受けた衝撃は不協和音となる「調和していない波」を発生させてリズムを乱してしまうのです。

私の整体のうち「中立位の整体」や「頭蓋仙骨療法」は、言い替えれば「調和していない波」だけを消して健康を取り戻そうとする施術とも言えます。私は施術していてよく思います、「消音スピーカー」のように一発でスッと不協和音だけを消せたらどんなにいいかと。ただし、こればかりは「三角関数」をいくら勉強しても利用できそうにはありませんが。。。


2013年12月23日(月) 進化流水…流れる水は滞らず、健康への進化を共に歩む
2015.10.28 09:39
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いい音色を出そう

昔のブログです・・・


電子ピアノというものがあります。電子ピアノは色んな楽器の音色がでますよね。ではどうやって色んな音が出せるのでしょうか。私は電子ピアノの専門家ではないので完全に当たっているかは分かりませんがおおよそ次のような仕組みだと思っています。

音というのは一種の「波」ですよね。「波」と言えば昔習った三角関数のサインカーブなどを思い描いて下さい。何も三角関数を復習するのではありません。理科系でありながら完全に文化系だと自負している私も数学的なことはよく分かりません。
ここでは音というものが「波」であることと、「波」はサインカーブのようなもので、高い音は1秒間に出る波の数が多く、低い音は少ないということ、それに音の大きさは波の高さだというくらいをイメージして下さい。

色んな楽器の「音色」というものは、色んな「波」が合成されたものなのです。色んな音のサインカーブが重なり合って、色んな「音色」が出るのです。ですから、高価な電子ピアノほど複雑な合成ができるので、たくさんの種類の音色が出せるのです。
そして重なり合った「波」がそれぞれ調和されている時、初めて「いい音色」が出るのです。

ということは重なり合った「波」の中で、もしも調和されていない「波」が混じっていたとしたらきっと「いい音色」は出ないはずです。調和がとれていない「波」は全体の調和を乱し、不協和音となってしまうからです。

人間の身体には、一次呼吸と呼ばれる生命根源の呼吸リズムがあります。一次呼吸は脳と中枢神経を覆っている硬膜管の中の「脳脊髄液」の産生と循環から生まれるもので、肺呼吸が始まる前からたゆまなく行っているものです。ですから、鼻からしている普通の呼吸は二次呼吸と呼ばれています。

一次呼吸には大きく分けて3つの「波」があります。一つは「CRI(クラニオ・リズミック・インパルス)」と言われる1分間に8~14回のサイクルで起こる「波」です。二つ目は「ミッドタイド」と言われる24秒周期の「波」です。そして3つ目は一番長い「ロングタイド」と言われる100秒周期の「波」です。
この3つの「波」の調和がとれているときは基本的に健康が保たれていて、音に例えると「いい音色」が出せているときなのです。

しかし、例えば凄く嫌なことがあって精神的にかなりストレスを受けたりしてそこから首の周りが硬くなってしまったらどうなっていくのでしょうか。ストレスはやがて、3つの根源的な「波」のうち、どれか一つ、またはひどい時にはそのどれをも乱して調和が取れない状態にしてしまうかも知れません。即ち、不協和音によって身体は「いい音色」を出せなくなって色んな不調が起こってしまうのです。

「波」の調和が乱れて、「いい音色」が出せなくなった状態が自律神経のバランスが崩れたということだと私は思います。特に理由がはっきりしないのに身体の不調を感じるときは、自律神経がしんどくなっている場合が多いのです。
そんな時は不協和音を取り除き、本来の「いい音色」が出るように根源的な「波」が調和できるようにすることが大切なのです。もちろん誰にも「自己治癒力」は備わっています。「自己治癒力」が高く維持できていれば普通はよく寝て、休養をたっぷりとれば自然と回復できるのです。是非、そういう日々を送ってもらいたいと思います。

しかしあまりにもストレスが大きく、また長期間さらされているとさすがの「自己治癒力」も枯渇してしまい、容易に回復できない場合があります。
そんな時に、「波」に本来の調和を取り戻して「自己治癒力」を高め、そのことによって自律神経のバランスを整えて「いい音色」が出るようにする・・・それが整体というものの本質的な役目だと私は思っています。


2013年12月22日(日) 進化流水…流れる水は滞らず、健康への進化を共に歩む
2015.10.28 09:37
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前向きになれますか?

昔のブログです・・・


かなり昔ですが、ある南の島の日常を取材したテレビ番組がありました。どこの国の島だったのかは忘れましたが海が凄くきれいなエメラルド色で島の人達もみんな穏やかな感じで、時間がゆったり流れているような島でした。

南国の太陽の下で、波打ち際で一人の男の人が立っています。その横には木製の小さな椅子が置いてあります。昔の小学校の椅子のように背もたれが直角の椅子です。波打ち際と言ってもその男の人は踝くらいまで海に浸かってただ立っています。

そこでナレーションが入り、その男の人は島でただ一人の「散髪屋さん」で、貴重な技術屋さんだというのです。それでよく見るとその人の手には散髪ハサミとクシがあります。そういう専門的な道具を持っているのはその人だけのようです。
どういう経緯でその男の人は散髪技術者になれたのかは分かりませんが、とにかく波打ち際にただ立ってお客さんを待っているのです。

やがて少年が一人やってきます。散髪屋さんは少年を椅子に座らせて散髪を始めます。どういう髪型にするとかの会話はされた気配がありません。とにかくハサミとクシを使って黙々と散髪をします。やがて散髪が終わりました・・・でもここからが凄いのです。

その散髪屋さんは少年の首根っこをつかまえて、頭を海の中につけてザブザブと洗います。ふと見ると切った髪の毛は波がどんどん沖の方へもっていってくれています。そして海の水で洗い終わった少年の頭を、何と少年が着ているランニングシャツで拭くのです。

どうですか、凄いと思いませんか?
ハサミとクシと椅子だけで散髪ができるのです。温水器もいらないし、タオルもいりません。切った髪の毛の掃除も必要ありません。その後少年は無言で立ち去って、散髪屋さんは以前のようにただ立っています。

その当時はこの番組を観て、「この島ではストレスはきっとないのだろうな」と羨ましく思ったのを覚えています。本当のところはよくわかりませんが、今考えるときっと散髪屋さんには散髪屋さんの悩みやストレスはあると思います。しかし、現代の日本人があの番組を見たら、少なくとも毎日満員電車に乗って一生懸命残業をしている人なら、「あんなのんびりした島で暮らせたらストレスもなくてどんなにいいだろう。」と思ってしまうのではないでしょうか。

でも良く考えると本当にあの南の島に移り住んだらどうでしょうか?・・・一週間もするとあまりにストレスの無さに、返ってそれがストレスになってしまうように思います。
一週間の休暇で行くのなら大満足の旅になるでしょう。しかし永住するとなるとやはりそれは無理と思う人は多いと思います。
結局、日本人は「ストレスから解放されたい」のに、解放された途端に「ストレスを求める」のかも知れません。

そうするとどうやら「ストレス」には少なくとも2種類あると私は思えてきます。「本当に生理的に嫌なストレス」と、「達成感とか遣り甲斐に結びつくストレス」と。

自律神経失調症に代表される自律神経系の不快な症状を発症しないためには、交感神経と副交感神経のバランスがとれていることが大切なのは言うまでもありません。しかし、そのバランスがとれているのはどうやって気付くのでしょうか。身体に不調が出てからようやく気付くのが普通だと思います。でもそんな身体の不調を自覚する前に、その予兆に気付いて早いうちに回復できれば身体の不調までいかなくて健康でいられると思うのです。

自律神経のバランスがとれている人は、『心』と『身体』の足並みがそろっているので免疫力も強く、当然自己治癒力も高いのでストレスにも強く、従って前向きになれます。前向きになれる人は、「達成感とか遣り甲斐に結びつくストレス」を上手く持てるように思うのです。逆に言えば、何に対しても「気持ちが前向きになれないとき」はちょっと自律神経がしんどくなってきている信号なのかも知れません。

「前向きになれるかどうか」を正直に静かに自分に問うてみる・・・それは自律神経のバランスがとれているかどうかを自分で感じる一つの方法ではないでしょうか。


2013年12月21日(土) 進化流水…流れる水は滞らず、健康への進化を共に歩む
2015.10.21 16:49
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魔のトライアングルからの脱出

昔のブログです・・・


山崎豊子さんが今年の9月にご逝去されて、その追悼番組として「白い巨塔」が再放送されていました。以前も観ましたがビデオ録画を撮ってまた観ています。ドラマで観る白い巨塔も結構面白いのですが、私はやっぱり本で読むのが好きなのです。しかし、この山崎豊子さんの作品群が私にとって「魔のトライアングル」の一つなのです。もっとも「魔のトライアングル」と言っても、バミューダ海域のことではありませんので念のため。

さて、もう一つの「魔のトライアングル」ですが、それは西村寿行さんの作品群です。少し荒唐無稽な面もありますが、男のハードロマンを満たしてくれる作品は読んでいて面白いのです。「男のハードロマン」などと言っていること自体が古臭い男に聞こえるのでちょっと恥ずかしいのですが、ほとんど全ての作品を読んでいます。
そして、「魔のトライアングル」の最後は、私にとって一番の愛読書となっている藤沢周平さんの作品群で、これはもう人の気持ちの襞とでも言うべきところにある誠実さや筋の通し方、卑怯なことはしないとか、見返りを期待しない思い遣りなどが随所に織り込まれていて私は大好きなのです。もちろん全ての作品を読んでいます。

実は自分でも不思議なのですが、何故かこの3人の作品群が「魔のトライアングル」となって、その中からここ10年以上抜けられなかったのです。時間がある時や風呂でも寝しなでも大抵本を読むので、「魔のトライアングル」の中にいると同じ本を何度も何度も読むことになります。中には表紙がボロボロになったのでセロテープで補強したそのセロテープがまたボロボロになっているものもあります。きっと永遠にこの「魔のトライアングル」からは抜け出ることはできなくて、一生この3人の作品を読むのかと思ったりしていました。新しい本を全く買わないのでお金がかからないのは大きなメリットですし、それぞれかなりの数がありますので繰り返して読んでも毎回楽しめるのは間違いないのですが、やっぱりちょっと変だと思っていました。

それが、爽整体院のホームページを出そうかなと思いだした数か月前からでしょうか、何故か新しい作品を読みたくなったのです。何故かは本当に分かりません。いいように解釈すればホームページを出してもっと前進していこうという意欲に読書欲が反応したのかも知れません。

そういう気持ちになっていたからでしょうか、「魔のトライアングル」から脱出できるくらいパワーのある作品を見つけたのです。それは池波正太郎さんの「鬼平犯科帳」です。ファンの方もたくさんいると思います。これを初めて大人買いというのでしょうか、全24巻を一度に買いました。瞬くうちに読んでしまって、これは凄く面白い。特に「人間はいいことをしながら悪いことをする、また悪人でも一点いいことをする時がある。それが人間だ。」という作品の底流を流れる人間に対する深い洞察が読者を痺れさせるのだと思います。その後すぐに「剣客商売」全16巻を買いました。これは11巻目を今読んでいるのですが、16巻目までいって終わってしまうのが嫌で、その番外編と、「仕掛人・藤枝梅安」全7巻も先に買ってしまいました。
どうしても抜け出せないと思っていた「魔のトライアングル」も目出度く脱出でき、これを機会にやはり新しい本も読んでいこうと思っています。

どうしても治らないと悩んでいる身体の不調も「魔のトライアングル」のようなところがあるのではないでしょうか。何故なのかは誰にもわからないのかも知れません。
しかし、ちょっと前向きになって何かを変えられる「予感」を感じる時があると思います。その「予感」は、「魔のトライアングル」にずっと悩むのではなく、「魔のトライアングルに入っているなあ」と自覚しているだけの中で、ふと何かに対してきっかけになりそうな気持が湧き上がったときに現実になっていくのだと思います。

人が普通に生活していく中ではストレスが全然ないということはあり得ないと思います。ストレスが必ずある以上、残念ながら完璧に万全の健康を維持していくのは難しいのかも知れません。しかし、『あまり悩まない』、『しかし自覚はしている』、そして色んなことに対して『素直にアンテナを向けている』・・・人が健康で生きていく上ではこういったことも大切なのではないでしょうか。


2013年12月20日(金) 進化流水…流れる水は滞らず、健康への進化を共に歩む
2015.10.21 16:47
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連帯責任(後半)

昔のブログです・・・


(昨日の続きです)
ちょっと大げさなようですが、人体は約60兆個あるといわれている全ての細胞レベルで、『連帯責任』をもって健康になろうとしているのではないでしょうか。そしてきっとそれがホメオスタシスというものの本質なのでしょう。首とか肩だけが健康になろうとしているのではないはずです。

身近な不調として「肩こり」があります。無理な姿勢で長時間いたとかの場合もありますが、そんなことはないのにずっと「肩こり」で悩んでいる・・・そんな方は多いと思います。これは一つの仮説ですが、私はこう思うのです。

例えば仕事をしていて人間関係で逃げ出したいくらい嫌な状態だったとします。でも逃げ出す訳にはいかない。その人の顔を見るのも声を聴くのも嫌になっているとき、でも必要があれば打ち合わせもせざるをえません。そんなときに『耳』は一体どう思っているのでしょうか。
人体の約60兆個の細胞は色んな役割によって無数の「班」に分かれていて、それぞれの「班」では自分の「班」と「身体全体」が健康を維持できるように、こんな風に連携しているのではないでしょうか。

「耳班」のみんなは「もうこれ以上聴きたくない」と悲鳴を上げています。そこでみんなに何とかしてくれと突き上げられた「耳班の班長」は耳の感度を下げて聴こえにくくするために、「肩の筋肉班の班長」にお願いします。「肩の筋肉班の班長さん、どうか筋肉を硬くして耳に来る血液を減らして下さい。」そしたら「肩の筋肉班の班長」は、「耳班の班長さん、それは辛いですね、了解しました。すぐに肩の筋肉に命令して耳にいく血液を押さえましょう。」・・・班長の指示で「肩の筋肉班」は一生懸命硬くなって耳にいく血流を押さえます。

その時、身体の中では最高幹部クラスの「脳班の班長」からこんな指令が来ます。「肩の筋肉班の班長君、勝手なことをしてはいけない。今、脳は大変なストレスでいつもより余計に新鮮な血液がたくさんいるのだ。だから脳にもっと血液が来るように早急にしたまえ。」・・・

「肩の筋肉班の班長」は困ってしまって、「心臓班の班長」にお願いします。「心臓班の班長さん、私は耳班のために筋肉を硬くして耳に行く血液を押さえないといけないのです。でもあの怖い脳班の班長から脳班へもっと血液を送れと要求されています。何とかしてもらえないでしょうか。」・・・

「心臓班の班長」は、「分かりました、肩の筋肉班も大変ですね。では心臓のポンプを強くして脳班への血液をたくさん送りましょう。」・・・

というような会話がされているはずはありませんが、身体の中の全ての組織は『連帯責任』をもってそれぞれ頑張ろうとしているのではないでしょうか。
ほんの一例ですが「肩の筋肉班」が頑張ると「肩コリ」になり、「心臓班」が頑張ると「高血圧」に、「耳班」が頑張れば「難聴」になるメカニズムは大よそこんな感じなのかも知れません。
しかし、この例でおわかりと思いますが、最後に良かれと思って「心臓班」が頑張ったことに「脳班」は満足するかも知れませんが、いろいろな別の「班」にどんどん不具合が発生していきそうですね。

身体の全てが『連帯責任』をもって健康になろうとすることは、素晴らしい仕組みです。ただし、それは自律神経のバランスがとれていて初めて全体が調和していくのです。辛い自律神経失調症から解放されるためには、『心』と『身体』の足並みがそろっていることが必要でしたね。自己治癒力が高く維持できていると『心』と『身体』の足並みはそろい、調和された中でみんな支え合って健康を維持していく・・・「一部は全体のために、全体は一部のために」、これが正しい『連帯責任』の力だと私は思うのです。


2013年12月19日(木) 進化流水…流れる水は滞らず、健康への進化を共に歩む
2015.10.21 16:44
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連帯責任(前半)

昔のブログです・・・


かつて船乗りになろうと二浪もしてようやくはいった神戸商船大学(今は神戸大学になっています)では乗船実習がありました。日本近海もたくさん航海しますが、卒業前には外洋に出ていく遠洋航海もありました。

私は原子動力学科でしたので、船での役割は機関室、即ちメインエンジンを含むあらゆる舶用機器の運行を維持することです。実習中は10人前後の班が編成されます。航海中はその班ごとに当直に入ります。当直は、0時から4時間ずつなのですが、これの午前と午後全てについて必ずどこかの班が入ります。0時~4時を「ゼロヨン」、4時~8時を「ヨンパー」、8時~12時(0時)を「パーゼロ」と言います。それから当直のことを「ワッチ」といいます。
ですから、例えば私の班がゼロヨンワッチに当たると、正午から夕方の4時まで、ミッドナイトから夜中の4時までの当直を来る日も来る日も続けるのです。

機関室での当直では、メインエンジンや発電機の状態、ポンプやタンクなどの状態を監視し、環境の変化に対して調整したり、もし不具合があれば原因を追究して直さなければなりません。機関室の中は動く工場のようで、「暑い」「揺れる」「重油の匂い」「うるさい」と中々に厳しい場なのです。当直交代で夜中に起こされてボンク(船ではベッドのことをそう呼びます)から降りた途端に船酔いから吐きそうになっているときも多いのです。そんな時に重油の匂い満載の機関室に降りていくのは誠に辛いのです。なので、当直が終わってこれから引き継いで上がって行こうとする班の者は一秒でも早く交代を終えたい気持ちになっています。

当直交代はその時の機関室の全てについての状態、注意点などを交代時間の15分前から行います。機関室の中で、当直が終わった班とこれから入る班がきちっと直立で向き合って行うのです。しかしある日、これから入ろうとする私の班のA君が来ていません。これは大変なことでA君が来てきちっと向き合わないと当直交代は始まりません。これから上がる班の者は「何をしとるんや」と内心相当怒っています。当然ですね。

あまりにA君が遅いので、士官から「呼んでこい」と指示されます。A君は特に船酔いに弱く、その時はボンクの中でへばっていました。それで二人掛かりでA君を抱きかかえるようにして機関室に急ぎます。ようやく当直交代は始まりますが、A君は一人ではとても立っていられない状態です。なので当然A君の両隣のB君とC君が支えています。A君の責任はその班全員の責任なのです。

当直交代だけでなく、例えば朝6時に甲板に集合というときでも班のうちの一人でも遅れてきたら、厳しい船では遅れてきた秒数だけその班全員で腕立て伏せをさせられたこともありました。そうです、いつでも『連帯責任』なのです。
昨今は「体罰」の良し悪しでいろんな議論がありますので、『連帯責任』の是非はここでは述べませんが、全員が責任をもって自分のためだけでなく、班みんなのために頑張るようになるには一番早い方法かも知れません。自分のために班全員が腕立て伏せをするはめになったら、その人は二度と遅れないようになるのです。

私は遠い昔に行った乗船実習のことをよく思い出します。今、整体をするようになって施術をしていると、こんなことをよく思うのです。それは例えば頸椎の6番目がしんどい状態になっているとしたらその隣の5番目と7番目はそれを支えようと頑張っているのではないかと。そして6番目のしんどさがひどい場合は、5番目と7番目もしんどくなってきてやがてはそれ以外のところも悪くなってくる。

あの日の当直交代でA君を支えていたB君もC君もしんどいのです。今にも吐きそうなのです。あの時もしもC君が限界にきていたらどうなっていたのでしょうか。きっとD君がC君を支えたと思います。それが職務を全うする『連帯責任』だからです。
私は今日も施術しながら、人間の身体も6番目の頸椎だけでなく、5番目も7番目も、いやそれだけでなく肩も腰も身体の全てが『連帯責任』を果たして何とか健康になろうとしているように思うのです。
(ちょっと長くなったので、この話は後半に続く。)


2013年12月18日(水) 進化流水…流れる水は滞らず、健康への進化を共に歩む
2015.10.14 12:45
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出来るという予感

昔のブログです・・・


世の中にはすごい人がいるものです。
昨日、テレビであるマジシャンの番組がありました。ご覧になった方も多いと思います。私は偶然観たのですがそのマジシャンの技術はそれは凄いものでした。よくあるようなトランプのマジックをやっていました。好きな一枚を選んでもらって、表にサインを書いてもらう。そしてそのカードを束の好きなところに入れる。
何回もトランプを切って、パッと一番上をめくるとそのサインのカードが現れる・・・シンプルでよく見るマジックですね。

それの何がすごいかというと、束の中に入っているサインを書いたカードが上から何枚目にあるかを常に指が感じているというのです。何回切っても、どうやったって常に指がそのカードが何枚目にあるかをずっと追いかけていて、正確に指がとらえているというのです。もちろんそのカードを一番上にもっていく技術も当然あるのでしょうが、ここで私が瞠目したのはやはり「指の感触の繊細さ」です。トランプの束の上から誰かが何枚かを取ります。そうしたら残りのカードの感触から何枚取ったかが正確に分かるのです。

同じようなマジックでも色んな遣り方があると思います。また、マジックですから何か「タネ」があると当然思っていたのですが、そのマジシャンの技は、タネではなく指の修練による技術でそれを可能にしたと言うのです。

私が施術で行っている「中立位の整体」や「頭蓋仙骨療法」では、脳脊髄液の産生・循環による身体のわずかな動きを指で感じて同期をとるのですが、かなり繊細なものです。動くと言ってもコンマ何ミリ以下ですから元々相当微少なものなのですが、施術を受ける方の身体システムにとっては、その動く大きさだけでなく施術者の意図レベルも「力」のうちに入ってしまうくらい繊細なものなのです。ですから私は出来るだけ何も意図しないで水面に触れるような感覚で、可能な限りゼロを目指した施術を心掛けています。

人間の身体を相手にするのと、カードなどを相手にするのは全く違うとは思いますが、このマジシャンが言った言葉が私に突き刺さりました・・・全ては「修練による技術」だと言うのです。

そう、ちょっと施術が上手くいったことで慢心してはいけないのです。まだまだ上には上がいる、修練に終わりはない・・・そんなことを思いました。
整体の技術でも少林寺拳法の技でも同じことが言えますが、何事も「まず、出来ると思えること」、いや「出来る」とまでの確信を持てなくても、「出来る予感をもっていること」・・・このことはすごく大切で、いつも思っていることなのに、いやに新鮮に強く感じました。
少林寺拳法の投げ技などでも、「必ず出来る」と思っている・・・というより「出来ない」と思っていない・・・もう少し正確に言うと「出来るとか出来ないとか、何も思っていない」ような時に上手く掛かるのです。もちろんそれを可能にするには裏付けとなる身体感覚の修行は相当やらなければなりませんので、「何も考えないだけで出来る」と誤解なきよう念のため。

特に整体においてはゼロの世界にはまだまだどころか無限の距離があります。あのマジシャンの言葉は、『修練すれば必ず出来るという予感』を私に与えてくれました。その予感を信じてまたもう一歩前進していこうと思いました。


2013年12月17日(火) 進化流水…流れる水は滞らず、健康への進化を共に歩む
2015.10.14 12:43
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大先輩、慢性胃炎を語る

昔のブログです・・・


プロフィールにも書いていますが私はかつて「胃がん」になりました。幸い極早期でしたので手術してもらって完治してもう何年もたちます。抗がん剤治療もなく、食生活も何もかも元のままというありがたい日々を送っています。
胃がんが発見されるまでは胃潰瘍があったし、その前もずっと慢性胃炎でした。胃がんが必ず慢性胃炎から胃潰瘍を経て発症するとは限らないと思いますが、私の場合はどうやらそうだったように思います。ですから私は慢性胃炎の大先輩なのです(こんな先輩いやですね)。

病気に優劣はないのですが「胃がん」と「胃潰瘍」と「慢性胃炎」を比べたとき、やっぱり「慢性胃炎」が一番軽いと思いますよね。私もそう思いますし、実際そうなのでしょう。「胃がん」と分かったらそれはもう大変で凄いショックを受けて、何とか絶対に治そうとしますよね。では「胃潰瘍」ならどうでしょうか。胃潰瘍は胃が痛いという症状があるのでもちろん治したいと思いますが、「胃がん」ほどショックを受けて早急に治療を望むところまでは行きません。一部の心ない人は『胃潰瘍になったか、君も一人前のサラリーマンになったな』というようなことを言います。でもこれが「胃がん」なら決してそうは言わないでしょう。

では一番軽いと見られる「慢性胃炎」ではどうでしょうか。ちょっと胃が重たいとかの症状はあるでしょうが、病院の検査で見つかっても『単なる胃炎です。薬をだしますので飲んでもらえばそのうち治ります。』なんて言われる場合もありますよね。言われた本人も少し憂鬱にはなりますが、ショックとまではいかないのが多いと思います。

でも「慢性胃炎」はすでに黄信号を身体が発しているのです。
心配事や何かを恐れるなどのストレスを長期間受けると、アドレナリンというホルモンが視床下部のコントロールで多く分泌されます。視床下部は交感神経と副交感神経の分泌機能などを総合的に調節している中枢です。アドレナリンが多く分泌されると血管を収縮させ血圧を上げたりします。脳、心臓、筋肉に血液を集め、エネルギー源であるブドウ糖を急増させて全身に活動の準備をさせます。要するに交感神経が働いて身体は臨戦態勢に入るのです。

ここからは私の推測も入っていますが、交感神経が優位になって臨戦態勢になっているときでも自律神経のバランスがとれている状態であれば、副交感神経はおとなしくしており、胃液分泌は抑制されているので胃の攻撃因子と防御因子はバランスがとれているので胃炎は起こらない・・・しかし自律神経のバランスがとれていない場合は、交感神経の働きで血管収縮と血圧上昇などが起きて粘液分泌も抑制された状態なのに、副交感神経も働き、胃液の分泌や胃の運動が促進される。その結果、攻撃因子>防御因子の状態になって胃炎を発症する・・・それが繰り返されてやがて慢性的になっていくのではないでしょうか。

ストレスに対して交換神経が優位になって身体が臨戦態勢になること自体は何も悪いことではなく、生きていく上で必要な機能なのです。問題なのはその時に副交感神経も働くという、言うなれば「アクセル」と「ブレーキ」を同時に踏んでいる状態がいけないのです。クルマでもグッと加速しなければいけないときは、ブレーキから足を外してアクセルを踏み込みます。また、しっかり止めないといけないときはアクセルから足を外してブレーキを踏みます。どちらも同時に踏まれるとクルマはどうしていいか分からなくなってしまいますよね。

たかが慢性胃炎と侮ってはいけません。もしも胃炎になってしまったらその段階でちゃんと治療をして治すのが身体からの信号に応えることになります。信号無視をしているとやがて大きな事故を招くことになりかねません。
その上で、自律神経のバランスがとれた生活をするということが重要なのです。交感神経も副交感神経も生きていく上で大切な役目をもっています。ですからそれらを的確にコントロールできるように自律神経のバランスを整える整体によって、『心』と『身体』の足並みがそろうようになることが大切なのです。

たかが慢性胃炎・・・単なる胃炎・・・でもそれは大きな事故を起こさないために身体が知らせてくれている黄信号でもあるのです。


2013年12月16日(月) 進化流水…流れる水は滞らず、健康への進化を共に歩む
2015.10.12 09:14
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心に栄養を与える方法

昔のブログです・・・


哀しいときには哀しんで泣くということが素直にできればストレスはほとんど溜まらないと思います。しかし、現実の生活ではこれがなかなか出来ません。
子供のときはそれができたのに大人になってくると何故か素直にできません。そうするとストレスがどんどん溜まってしまうのですが、ストレス、言い換えれば「本当は解決できていない不満」を溜め込んでいくのと同じなのです。

「本当は解決できていない不満」は、時の流れとともに薄れたように見え表面上の意識ではすっかり忘れたようであっても、身体の中では実に正確にしっかりと全てが記憶されています。そしてそれがたくさん積み重なってくると、身体はそれらをいちいち自覚しているのが辛くなり、自ら感覚を鈍らせて感じなくしていってしまうように思います。いわゆる「鈍い」身体にするのは、とりあえず目の前の辛さや痛さから逃れる為ではないでしょうか。辛さや痛さから逃れられるのならいいことのようにも思いますが、それは問題を隠して『身体』の奥の方に悪いエネルギーを埋め込んでいくようなものでもあるのです。

こうなると『身体』と『脳』の足並みはそろわなくなって、結果として『心』のバランスは非常に悪くなってしまいます。身体に溜め込まれたストレスがその人の許容量を越えた時に心のバランスは大きく崩れ、気持ちが憂鬱になるだけでなく、身体にもいろんな不調が出てきたりします。

では一体どうすればいいのでしょうか。それはまず自分の身体に耳を傾けることです。身体のどこが熱いのかどう痛いのか、また身体がどうして欲しがっているのかを静かに感じることが第一歩になるのです。人間には誰にでも本来、自己治癒力が備わっています。この自己治癒力は心のバランスがとれていて初めて上手く発揮できるのです。ただ調子が悪いときに限って、この「自分の身体に耳を傾ける」というのがなかなか上手く出来ないのです。

『心』のバランスを保つには、まず自分の身体に耳を傾けることが必要です。その為には『身体』と『頭』の足並みがそろうことが大切なのは分かりますが、それはどうすれば出来るんだろうかと悩んでしまいますよね。でも何も難しく考えることはないのです。誰にでも感動的な映画を観たり、本を読んだりして胸が熱くなって涙が出るという経験はあるでしょう。そんなときが『身体』と『頭』の足並みがそろった状態なのです。映画や本に限らず、音楽や絵画などの優れた作品に接して身体と共に『感動する』ことは、自分の身体に耳を傾けることを助けてくれます。もっと身近なことで言えば道端に咲いている可愛い花を見つけたり、思いもよらぬ虹に出会ったり・・・そんな小さなことも含めてあらゆることに感動をすればいいのです。日常生活の『小さな感動』を積み重ねていくと、『心』は温かな栄養で満たされていくのです。


2013年12月15日(日) 進化流水…流れる水は滞らず、健康への進化を共に歩む
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